2020.12.17. 温故知新シリーズ 第3回 『地方創生の温故知新』

内容紹介

今年から始まったKIPの新シリーズである「温故知新」の第三回が行われました。このプログラムは私たち日本人の慣習を改めて問い直し、討論を通してそのルーツを探っていく試みです。今回は「地方創生の温故知新」と題し、KIP会員の嶋津氏の、江戸時代の人の移動に関するプレゼンテーションを皮切りに、現代の日本で近年ずっと議論がなされる地方創生を成功させるためにどういったことが必要なのかに関して考察していきました。

嶋津氏から、地方創生が叫ばれるようになってから数十年、その状況が一向に変化していない現状に対して、人の移動のあり方と統治権の所在という二点をお話しいただいたところから今回の温故知新はスタートいたしました。まず、江戸時代の人の移動に関しては、お伊勢参りやお遍路など宗教を理由にした旅行を多くの人が行っていたこと、またその時の主な交通手段は徒歩移動であり、結果的に道中でも多くのお金が使われる機会があったことをまず指摘されました。加えて、江戸時代には、大名たちは「参勤交代」をすることを強いられておりました。参勤交代では、大名たちの見栄の張り合いのように長い行列を作るなどしていたため、多大な人件費がかかっていたと言われているという指摘もあり、その道中で費やされるお金は膨大なものであったと想像できます。さらに、大名は、藩だけでなく江戸でも一定の期間生活しておりましたので、一人で二つの地域の経済に貢献する存在だったとも言えます。このように、江戸時代の人の移動は現代のものと全く異なるものでしたが、嶋津氏は加えて統治権についても異なっていたことを指摘いたしました。現代では、地方の財政は国家から出される交付金や補助金などで補填されており、多くの都道府県や地方自治体の財政は自立していない一方で、江戸時代は各藩が独立採算制を導入しておりましたため、全く自立していたものといえます。各藩は財政難に陥ると、自力で立て直さなければならなかったため、数多くの藩政改革をして乗り越えていきました。その中で、特産品に力を入れ、他藩との取引に精を出したり工芸品の保護をしたりすることを行ってきたとも指摘され、その中には現代に暮らす我々も知っているものが数多くありました。

これら2点から、はじめに「移動をしやすくすることが、地方の経済を逼迫させているのではないか」という問題提起が嶋津氏からなされました。鉄道の延伸や新幹線の駅の新設が、地元の商店街をシャッター通りと変化させるケースがあるという賛同の声があった一方で、その鉄道や新幹線は地元の強い希望によってできたケースもあったという指摘もありました。その中で、移動をしやすくすることが、地方の経済を逼迫させるケースがあることは事実であるため、地元の声だけでなく専門家の声をよく聞いて慎重に導入する必要があるのではないかという鋭い意見も出されました。さらに、「このコロナのパンデミックの中で、テレワークが普及したことにより、地方に移住して週に数回通勤するという形を推進し、地方創生を進めるのはどうだろうか」という提案がなされました。この点に関して実際にそのような方もいらっしゃったという事例が示された一方で、慎重な考えを示すメンバーもおり、テレワークの普及などが不明な点、また格差の大きい地域へ移住することへ難色が示される場面もありました。また江戸時代の体制にヒントを得て「地方分権を現在行うことは可能なのか」という議論もなされました。これに対しては全員が難しいと考えた一方で、ある特定の産業を移転することや特別な権威や象徴的な権威のみを移していくことから始めれば、きっかけは得られるのではないかという指摘もございました。会が次第に終わりに近づいていく中で、地方創生はそもそも必要なのだろうかという声が出されました。多くのメンバーが悩む中で、いらないという考えは成立させ難いものであり、前提として地方創生は行っていかなければならないものであるはずだという意見が出されました。

今回の温故知新では、日本の歴史をもとに様々な切り口から地方創生を語り、中には鋭い指摘や答えに窮してしまう指摘が出される場面もありました。しかしその議論の中で、地方創生を成功させるには、今存在する切り口だけに拘らず、それらの中に問題を見つけるためにも地方創生の根底に眠る問題を多様な視点から考察していく必要があると思いました。

(東京大学文科二類2年 中村香里)

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