2020年プロジェクト「自然災害における『伝える役割』と『話す責任』」

見出し
1.第1弾|気付いていますか?身近な風評被害
2.第2弾|「被害」を伝えて、「加害」を防ぐ
3.第3弾|福島県産の農林水産物、躊躇なく買っていますか?
4.第4弾|情報取得機会の減少が、風評被害を継続化?
5.第5弾|自然災害の情報発信のあるべき姿とは?
6.第6弾|来た時に考えれば間に合う?平時の備えはどれだけ有効?
7.第7弾|新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は私たちに何をもたらしたのか?
8.第8弾|COVID-19関連情報を得た際の行動は風評被害とどうつながっている?
9.第9弾|COVID-19関連情報を得た際の行動は風評被害とどうつながっている?
10.第10弾|コミュニケーションのかたち 便利になったけど、でも…
11.第11弾|報道の役割から考える、報道との接し方ーメディア関係者2名へのインタビューを経て
12.第12弾|市民間の防災コミュニケーション
13.第13弾|情報発信とコミュニティ〜高知県からの学び〜
14.第14弾|私たちができることとは?
15.第15弾|見えないものに想いを馳せる大切さ

【第1弾|KIP2020プロジェクト:気付いていますか?身近な風評被害】

情報が人や組織の活動に大きな影響を与えることは、言うまでもないでしょう。学校の定期試験、就職活動や事業企画における市場分析など、より多くの情報を取得した方が物事を有利に進められるという事例は枚挙にいとまがありません。インターネットやSNSがより一般的なものになってきたからこそ、近年はそうした実感も強くなっているのではないでしょうか。一方で、情報の取り扱い方には十分に注意を払う必要があります。誤った情報やフェイクニュースなどが一度拡散されてしまうと、非のない個人や特定のコミュニティが誹謗中傷を受けることもあるでしょう。さらには社会全体が混乱に陥る可能性があります


本年度、私たちKIP2020プロジェクトチームは、こうした「取得した情報の扱い方によって社会に生じる負の影響」について考えていきたいという思いで活動を始めました。そのきっかけは、古今東西で発生してきた自然災害にあります。まず、2011年3月に発生した東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故です。この災害の影響として、福島県から避難した生徒に対する避難先地域の学校でのいじめ、福島県産の農林水産物の価格低迷といった事例が報道されています。

海外に目を向けてみれば、2019年にオーストラリア南東部の山間地帯を中心として大規模な山火事が発生・拡大しました。火災現場の凄惨なイメージが世界中に広まり、火災の影響のない地域においても観光客の数も減少。その結果、現地の人たちが経済的な痛手を受けたことが報道されました。

さらに、2020年の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックも、自然災害の一種ともとれるでしょう。医療従事者や運送業者などのエッセンシャル・ワーカー(生活維持に欠かせない職業の人々)と呼ばれる人たちに対して、根拠に乏しい憶測や偏見から差別的行為や発言があったという事実も確認されています。


KIP2020プロジェクトチームはこれまでに挙げたような、「正しい情報が伝わらないことによって生じる、経済的側面も踏まえた人々への心理的なダメージ」を「風評被害」であると独自の定義付けを行いました。そして、これらの風評被害の発生メカニズムや実態について、以下の2点を目標に2020年6月から現在(2021年1月)まで研究活動を続けてまいりました。
①文献調査・アンケート調査・インタビュー調査を通じて理解を深めること
②その上で、若者として実行可能な形で何らかの対策を講じること
その活動の一環としてこの度「#ThinkingofYou」と題し、風評被害についての調査結果と、風評被害者(風評被害による被害を受けた人々)に向けたメッセージを発信していく運びとなりました。この「#ThinkingofYou」キャンペーンの詳細については次回投稿の1月22日に配信予定です。

私たちと共に、実は身近に存在する風評被害という問題について考えてみませんか?

(参考文献)
日本経済新聞「福島避難いじめ129件 16年度、文科省が初調査」2017年4月11日
河北新報「風評の実相(1)福島産の価格差なお」2020年8月11日
日本経済新聞「差別・偏見なくす報道を 新聞協会と民放連が声明」2020年5月21日

企画・編集:一般社団法人 KIP知日派国際人育成プログラム
協賛:公益財団法人 東芝国際交流財団
一般財団法人 伊藤忠兵衛基金

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【第2弾|「被害」を伝えて、「加害」を防ぐ】

情報によって生じる問題に対し、私たち若者ができることは何でしょうか?どうしても生じてしまう風評被害に対策を講じることなど可能なのでしょうか?このような疑問が生じてくるのは当然かもしれません。インターネットやSNSはあらゆる国や地域の、様々なイデオロギー・宗教・文化に属する人々が一同に介する空間です。そこは、各自が自分たちの意見や価値観を発信できる場、いわば「るつぼ」のような場所であると言えます。同時にそれは様々な立場から提供される情報が溢れかえっている状態でもあります。そんな中、あらゆる情報すべてに対して正誤を判断しながら何らかのアクションを起こし、風評被害の芽を潰していくことは、非常に困難に思えます。

しかし、デジタルネイティブと呼ばれる若者である自分たちだからこそ、インターネットやSNSを通じて情報発信し、事実を伝える役割を担うことができるのではないか。インタビューなどを通じて自分たちの学びを深めてくださった関係者の方々に対して、発信という形でその方々のの考えを他の人たちへ共有する責任を果たすべきではないか。私たちはこのような考えから、自分たちにできることを議論し続けてきました。

そうして考えついた答えが、風評被害に遭われた方々の心に寄り添うアクションを取ること、そして、将来起こりうる風評被害の被害者・加害者を1人でも減らす取り組みを行うことでした。そこで私たちは「#ThinkingofYou(あなたを思っています)」と題したキャンペーンを開始します。目指すのは、風評被害という問題について考えるきっかけ作りです。

このキャンペーンを通じて、風評被害に遭われた方々に対して「直接的な支援はできないかもしれないけれど、私たちは皆さんを忘れていません」「根拠のない噂やフェイクニュースと一緒に戦いましょう!」というメッセージを伝えたい。そして、潜在的な風評加害者=「情報の受容・発信が容易となった現代社会に生きる私たち全員」に対して、風評被害の事実や関連データを発信し、問題に触れる機会を提供することで将来の風評被害者・加害者を1人でも減らしたい。私たちはそう考えています。

以上のような背景から「#ThinkingofYou」の取り組みでは、私たちKIP2020プロジェクトチームが研究を進める上で得たアンケートデータやインタビュー内容などに基づいて、風評被害の実態やデータ、被害にあわれた方々やメディア従事者の「生の声」を発信していきます。各回の投稿が、投稿を読んでくださる皆様にとって、風評被害という実は身近な問題に対して考えるきっかけとなれば幸いです。

次回1月24日からは、データやインタビュー結果を踏まえつつ、風評被害の実態についてお伝えしていきます。お見逃しなく!

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【第3弾|福島県産の農林水産物、躊躇なく買っていますか?】

皆さんはこれまでに、福島県産の野菜や果物、海産物を買うことを避けた経験はありますか?

2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故。この事故をきっかけに、福島県をはじめとする東北各県産の農作物に対する風評被害が現在まで続いています。私たちKIP2020プロジェクトチームは、2020年7月から8月にかけて「風評被害に関する若者の意識調査」を目的とし、大学生、大学院生および若手社会人を対象としたアンケートをGoogleフォームで作成・実施しました。その中で、東京電力福島第一原発事故における福島への風評被害が、アンケート実施当時どれほど続いているかを調査しました。このアンケートでは、2020年に大学生および若手社会人合計1,054人から回答が得られ、「現在(アンケート実施時)、福島県産の商品を原発事故と結びつけて考えることはあるか」という質問に対して21.3%の人が「はい」と答え、さらにそのうち37.3%の人が原発事故が理由で商品の購入を躊躇したことがある、と回答する結果となりました。この結果から分かることは、「原発事故から10年近く時間が経った現在でも福島県の商品を原発事故と結びつけ、購入を控える人がいる」という事実です。

2021年で原発事故から10年を迎えます。福島県産の農林水産物は本当に安全ではないといえるのでしょうか?実は、福島県での米の全量全袋検査[※1]において、2015年産以降では1袋も放射性物質の基準値を超えていません[※2]。さらに、福島県内の原発事故による避難指示が出された地域以外の地域では、県により全量全袋調査から、検査対象となる米の量をより少なくした抽出検査に移されました。このような科学的調査の結果を踏まえると、福島県産の米の安全性はきわめて高いと思われます。ところが、上記のアンケート結果でも示されているように、今でも福島県の商品に原発事故を結びつけ、購入を控える人もいます。これまで、風評被害を払拭するために生産者の方々を含め、政府や企業も様々な対応を実施しているにもかかわらず、負のイメージの完全な払拭には至っていないと言えます。

風評被害に惑わされないようにするために、私たち一人一人は何ができるのでしょうか?その一つは、福島県産の商品について、検出された放射線量のデータや産地の声を自分自身で調べてみることだと私たちは考えています。産地とご自身の健康のために、正しい情報に基づいて消費活動を行うことを意識していくことが重要なのではないでしょうか。

今回は、福島県産の商品における風評被害が原発事故から10年が経とうとしている現在も存在するという事実、これを裏付ける根拠の検証、個々人ができることの提案を内容として、KIP2020プロジェクトチームが独自に行ったアンケート結果を元にご紹介しました。次回1月29日の投稿では、このような風評被害の原因について詳しく探っていきます。どうぞお見逃しなく!

[※1]全量全袋検査とは、全ての米袋をベルトコンベア式の検査器にかけて放射性物質の量を検査すること。
[※2]読売新聞社.福島県産米の全量全袋検査、新年度から抽出検査に…避難指示市町村除く.(参照2020-12-13)

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【第4弾|情報取得機会の減少が、風評被害を継続化?】

KIP2020プロジェクトチームは、自然災害を切り口に、情報伝達において生じる問題に向き合い、その発生メカニズムや実態について発信しています。今回は、「報道の風化と風評被害」を取り上げます。時間が経てば、過去の出来事は報道されなくなります。当たり前かもしれませんが、これが実は、「風評被害の継続化」をもたらしている可能性があります。

国内外各地で、毎日さまざまな出来事が生じています。遠隔地で起きることは、自分の目で見ることはできず、マスメディアやSNSを含むインターネット媒体を介して知ることしかできません。2020KIPアンケート(大学生~若手社会人1000名を対象に、風評被害について、KIPが独自にとったアンケート)においても、東日本大震災に関する設問群のなかで、若者が、「福島」(東京電力福島第一原子力発言事故)に関する情報を取得する際に一番よく使う媒体は、マスメディア(テレビ、新聞など)でした。また、総務省も我が国において20代から60代の全世代が最も利用する情報源がマスメディアだとしています[1]。

しかし、マスメディアが報道できる出来事にも限界があります。日々の報道の中では、最新の情報や大きな話題となる出来事が優先されるのも無理はないでしょう。例えば、「東日本大震災に関するニュースやSNS投稿を過去半年以内に見たか」というKIPアンケート2020の設問に対して、約半数の人が「いいえ」と回答しました。東北福祉大学の生田目・春川(2020)によると、朝日新聞・読売新聞ともに全国規模での東日本大震災に関する報道件数が、発生1年後から2年後の間に著しく減少し、その後緩やかに減少していることが明らかになっています[2]。また、NHK放送文化研究所メディア研究部の原・大高(2019)も、夜間キャスター番組における震災関連ニュースの時間量が減少したことを明らかにしています[3]。

このような現象は一般的に「報道の風化」といわれます。では、「報道の風化」によって、どのような問題が起こるのでしょうか?今までのところ、2つの問題点が指摘できます。

1つは被災地やそこで生活する人々やその暮らしについての報道がされなくなることで、当事者以外の人々が被災について忘れてしまい、結果的にその地域において人的・物的・金銭的被害が発生してしまうということです。これは、報道量と人的・物的・金銭的支援がある程度の比例関係にあるためです。支援が必要な状況が報道されなくなると、実はまだ困っている人がいるにもかかわらず、支援が行われなくなることも起きるでしょう。

もう1つの問題点は、被災地の現状共有の機会がなくなり、現状のアップデートがされなくなるため、震災当時のイメージのままで語られてしまい、結果的に「デマ」が語られる機会が増加しうるということです[4]。KIPアンケート2020では、まだ約20%の人が、商品購入時に「福島=原発」と結びつけると回答しました。一人一人が、正しい現状把握をすることで、風評被害の改善につながるかもしれません。

次回は、1月31日、東日本大震災で被災された2人の方へのインタビューから学んだ、「伝える役割」と「話す責任」についてです。お見逃しなく。

[1]総務省「平成28年度 情報通信白書」、2016年、165-187頁。
[2]生田・春川『福島第一原発力発電所事故に関する新聞報道8年間の研究―住民の健康被害に対する影響について―』、東北福祉大学研究紀要、第44巻、2020年、97-114頁。
[3]具体的には、震災発生後に報道された震災関連報道の時間量は、震災発生当時と比較して、1年後には1/5以下、7年後には1/250,000以下となっていることが指摘されている。原・大高『3.11はいかに語り継がれるか−東日本大震災後7年・テレビ報道の検証―』、NHK放送文化研究所年報、2019年、第63集、67-129頁。
[4]一貫したイメージを見せ続けられると、社会に対するある種の観念や見方が市民の内面に培養される可能性があること」を指す培養効果として知られている(山腰修三編『入門メディア・コミュニケーション論』、慶應義塾大学出版会、2017年)。

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【第5弾|自然災害の情報発信のあるべき姿とは?】

2020年8月30日と2020年10月17日の2回にわたり、KIPプロジェクトのメンバーは、東日本大震災で被災された2人の方のお話を伺いました。宮城県南三陸町「平成の森」仮設住宅で自治会長を務めた畠山扶美夫氏と、東日本大震災で当時小学6年生だった娘さんを亡くした経験から、現在も東日本大震災の語り部として活動する佐藤敏郎氏です。今回から2回にわたり、お2人のインタビューから得た学びをお送りします。

畠山氏からお聞きしたのは、震災直後の避難生活において被災者の一番の心の支えになっていたものが、人と人とのつながりやそこから感じる人の温かさだということです。被災者同士でお茶会を開催したり、何気ない立ち話をしたりすることで、被災者同士が助けられることがあった他、外部の人でも何度も来訪してくださる方々とお話することで、辛い状況でも皆さん笑顔になっていたことがあったそうです。人と人とが直接会話することによって伝わる温かみが辛い経験をされた方々に響いたということを知り、私たちは人と人のつながりの重要性を再認識しました。

また、佐藤氏は震災の事実を伝えていくことの重要性と難しさを私たちに語ってくださいました。「震災の事実は、目を向けることも非常に辛く、様々な思いが交錯するものである。しかし、その救いたくて救えなかった、救って欲しかった命を考えて前に進むことが大切」だと、現在も語り部として活動している立場からお話してくださいました。震災は立場によりその見方が大きく変わるものでもあります。佐藤氏は、そうした中でも互いの立場を乗り越えて大切な命の話を直視することの必要性にも触れられていました。どうしたら立場を乗り越えて対話することができるのか。そのためには様々な立場の人が対立せずに、自分の「音」を出した上で他人の「音」も聞いてきれいに調和すること、すなわち「ハーモニー」を生むことが重要であること、またハーモニーを作るためには意見を堂々と言える雰囲気づくりも必要だという佐藤氏のお言葉は大変印象的でした。こうした佐藤氏のお話から、「伝える役割」を果たすためには、話すこと、また伝えていくことへの責任を認識しなければいけないことを実感した次第です。

そして、畠山氏からは、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こっている現状と震災を比較したお話も伺いました。畠山氏は、震災で得た学びとして「自分は大丈夫」だと思い込まないということを挙げられ、その学びは感染症対策に生きていると強く述べていらっしゃいました。しかしながら、震災で人々の心の支えになった人の温かさは、震災後公営住宅へ移り交流が減ってからというものの薄れてきており、新型コロナウイルス感染症状況下でさらに加速して、「孤独」の状況が人々を苦しめていることを問題視されていました。

その上で畠山氏は、私たちのような若者に求めることは、SNSを活用した情報発信を役立てていくことであるとお話してくださいました。私たち若者は、インターネットを駆使して発信することに慣れています。その特性を生かし、若者だからこそできる対策をすることへの責任も感じました。

私たちが、人と人がつながっていくために発信する中で、「伝える役割」と「話す責任」の存在とその重みをしかと受け止める必要があることを実感したインタビューでした。この記事を読んでくださった皆さまにも何か響くものがあればうれしく思います。

畠山様、佐藤様、インタビューへご協力いただき、本当にありがとうございました。

次回は、2月5日、東日本大震災で被災された2人の方へのインタビューから学んだ、「平時からの防災意識・信頼関係構築の大切さ」についてです。お見逃しなく。

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【第6弾|来た時に考えれば間に合う?平時の備えはどれだけ有効?】

2020年8月30日と2020年10月17日の2回にわたり、KIP2020プロジェクトチームでは、東日本大震災で被災された2人の方のお話を伺いました。宮城県南三陸町「平成の森」仮設住宅で自治会長を勤めた畠山扶美夫氏と、東日本大震災で当時小学6年生だった娘さんを亡くされた経験から、現在も東日本大震災の語り部として活動する佐藤敏郎氏です。前回から2回にわたり、お二方のインタビューから得た学びをお送りします。

今回取り上げるのは、災害時に命を救うのに欠かせない平時からの防災意識、また信頼関係構築の重要性です。

佐藤氏の娘さんは、震災当時、宮城県石巻市大川小学校に在籍していました。津波で全校108名中74名の児童が死亡あるいは行方不明、教員も10名が亡くなった学校です。津波が来たのは地震の約50分後。その直前まで、子どもたちは低地の校庭にいたといいます。避難できる近くの山や、保護者や近隣住民からの避難の勧め、「山に逃げよう」という声をあげた児童もいたそうです。佐藤氏のお言葉を借りれば、「命を救うための時間も手段も情報もあった」中、実際に子どもたちが移動を開始したのは津波到達の1分前で、結果的に多数の犠牲者が出ることとなりました。

どうしてこのようなことが起こってしまったのか。この背景について挙げられていたのは、平時からの防災意識の不足です。南三陸町の畠山氏は、「宮城で大きな地震が来ることは前々から言われていたし、来るだろうとも思っていた。でも『来たあと』のことをきちんと具体的に考えられてなかった」とお話ししてくださいました。佐藤氏も「防災というと、怖いこと、怖くて考えたくないものと思うかもしれません。ですから、自分や大切なひとをその『想定』にそもそも入れていなかった」とおっしゃっていました。

また、「マニュアルがあるからなんとかなるだろう」と考える人も多いかもしれません。しかし、マニュアルが作成されたままで終わり、平時に定期的な見直しや内容の議論が行われないまま、緊急時に犠牲を出した事例もありました。緊急時に命を救う条件として佐藤氏は「時間・情報・手段」の3つを挙げており、緊急時には時間と情報が圧倒的に限られる中で判断を迫られることになります。そうした状況下で、より良い判断を下すためには、個人個人だけでなく、組織的側面も含めた平時からのしっかりとしたシミュレーションが欠かせないでしょう。

特に佐藤氏がお話ししてくださった大川小学校の事例は、学校という場において発生した事例であり、団体・組織としての災害への向き合い方が問われるものでもありました。「学校の先生は、「学校という場にたまたまいる人ではない」。この「学校」という言葉は、「企業」や「地域」という言葉にも置き換えることができるのではないでしょうか。

「防災=災害を防ぐ」、「災害=悪いこと」と考え、考えたくない気持ちは強いかもしれません。しかし佐藤氏のお話の中で印象的だったのは、「防災とは、登場人物に自分や大切な人をしっかり含め、ハッピーエンドまで考えることです。これから起こるであろう南海トラフ・首都直下・富士山噴火への対応を考える材料として、東日本大震災を活かしてほしい。その意味で、大川小学校は悲惨な場所ではなく、『未来をひらく』場所だと考えています」というお言葉でした。

個人個人としての備えはもちろんのこと、日々私たちが属している集団や組織の中で、普段から信頼関係を築き対話し、未来に具体的に備えることーそれが今生きている私たち、そして私たちの大切な人たちのためにできることなのではないでしょうか。

畠山様、佐藤様、インタビューへのご協力ありがとうございました。

次回は、2月7日、「新型コロナウイルス感染症による不安感と行動変容」についての話題です。お見逃しなく!

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【第7弾|新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は私たちに何をもたらしたのか?】

前回・前々回の投稿では、自然災害や風評被害にまつわる具体的なインタビュー事例をご紹介しました。ここからはテーマを少し変え、「若者が何を考え、どう行動しているのか」という視点から、風評被害にまつわる問題を捉えていきたいと思います。 2020KIPアンケート(大学生~若手社会人約1000名を対象に、風評被害について、KIPが独自にとったアンケート)において、風評被害や情報収集にまつわる質問への回答を集めることができました。以後3回の記事では、このアンケートの主な結果をご紹介したいと思います。

[COVID-19によって、私たちの行動はどう変化したのか]

まず始めに、今なお世界中で猛威を振るい続けている新型コロナウイルス感染症に関するアンケート結果をご紹介します。
「2020年4月の緊急事態宣言発令後、友人・知人とのコミュニケーション量は変化しましたか?」という問いに対しては、約7割が「減少した」と回答しました。一方で「緊急事態宣言発令後、情報収集のためにマスメディア(テレビ・ラジオ・ニュース・新聞など)・SNS(Twitter・Facebook・Instagram)に触れる時間は変化しましたか?」という問いに対しては約7割が「増加した」と回答しており、これまでの顔見知り同士のコミュニケーションがメディアによって代替されている可能性が示唆されました。

[私たちの心理状態はどう変化したのか]

では、このような行動変容の裏で、若者たちはどのような心理状態にあったのでしょうか?
「COVID-19影響下で、生活に不安を感じていますか?」という問いに対しては、7割の回答者が「はい」と回答しており、非常に強い不安感が伺えます。特にその不安の理由としては「将来について」が7割強と最も多く、新型コロナウイルス感染症の直接的な脅威である「衛生面」(48%)を大きく上回っていました。感染したときの重症化リスクが比較的低いと言われる若年層においては、新型コロナウイルス感染症流行下で真に深刻に感じられたのは就活等を含めた将来像であった、と言えるかもしれません。

また興味深いことに、新型コロナウイルス感染症によって生活に不安を感じている回答者ほど、情報収集のためにマスメディア・SNSに触れる時間が増加していることが明らかとなりました。因果関係の断定には慎重になる必要がありますが、不安心理と情報収集との間に一定の関係が見られると言えそうです。

では、若者はマスメディア・SNSから情報を得た時、どのような行動をとっているのでしょうか。次回、2月12日は、その具体的な考察をお届けします。お見逃しなく!

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【第8弾|COVID-19関連情報を得た際の行動は風評被害とどうつながっている?】

前回の記事では、2020KIPアンケート(大学生~若手社会人約1000名を対象に、風評被害について、KIPが独自にとったアンケート)、「若者が何を考え、どう行動しているのか」という視点から回答結果を紹介しました。今回も引き続き、このアンケートの結果を一部取り上げて「新型コロナウイルス感染症流行下で若者が持つ情報源、および若者の情報に対する反応」について紹介したいと思います。

[COVID-19関連情報を取得する媒体とその情報の正誤確認]

今回取り上げる最初の設問は「COVID-19関連情報を取得する媒体で最も頻度が高いものはどれですか?」です。約6割が「マスメディア」と回答しましたが、最も特徴的なのは「SNS」を最優先の情報源として使っている人がおよそ4割もいることです。さらに、「SNSから得たCOVID-19関連情報について、その正誤を確認しますか?」との問いに対して、8割超が「はい」と回答しました。これは、大多数の人は正誤をしっかりと確認しているが、一部のひとは曖昧なままにしていることを示していると言えます。

[SNSから得た情報に対する反応]

それでは、若者はSNSから情報を得た際に、どのような行動をとっているのでしょうか。「SNSでCOVID-19関連情報を取得したとき、どのような反応を主に取りますか?」という質問に対して、約6割が「自分で情報を受容するのみ」と回答しました。一方、約3割は「周囲に口頭で伝える」と回答しており、また、7.7%の回答者は「SNS上で反応する」と、一種の情報伝達が行われていることが示唆されました。

さらに、『SNS上で反応する』とは具体的にどのような行動ですか。」という問いに対して、4割強は「シェアする」または「自分の言葉で投稿し直す」など、ある種の明確な拡散行為を取ることが分かりました。ここで興味深いのは54.5%の回答者が、SNSならではの「いいね!」するという行為を行うことです。

それでは、SNS上で行われるこの「いいね!」するという行為について、若者はどのような意図を持っているのでしょうか。そして、風評被害において、この「いいね!」するという行為は一体何を意味しているのでしょうか。その具体的な考察については、次回の2月14日の内容を是非ご覧ください。

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【第9弾|COVID-19関連情報を得た際の行動は風評被害とどうつながっている?】

過去2回にわたり、KIP2020プロジェクトで実施した、若者約1,000人対象の大規模アンケートの結果を紹介してきました。前回はメディアで情報を取得した際の行動に関する回答結果について紹介しました。「SNSでCOVID-19関連情報を取得したとき、それに対してどのような反応を主に取りますか?」という質問に対して「SNS上で反応する」と回答した方は7.7%で、この内、「具体的にどのような行動をとりますか?(複数回答可)」という質問に対して「投稿に『いいね!』する」と回答した方は66名でした。

FacebookやTwitterなどのSNS上でCOVID-19に関する情報を見かけた時に「いいね!」する人が多くいることを示唆するものですが、得た情報を拡散する意図はあるのでしょうか。この66名を対象にして「SNSにおいて情報を拡散したいという意識を持って『いいね!をしますか?』」という質問を投げかけてみました。その結果がこちらになります。

KIPプロジェクト「自然災害における『伝える役割』と『話す責任』」アンケート 回答期間:2020年7月26日~8月15日、回答数:1,051名(大学生・大学院生872名、社会人179名)

66名のうち7割以上を占める51名の方が、COVID-19関連情報をSNS上で見かけて「いいね!」する際、情報を拡散したいという意識は持っていないことが分かりました。FacebookやTwitterではユーザーが「いいね!」した投稿が他のユーザーにも表示される仕様があります。当事者に情報拡散の意思が無くても「いいね!」によって情報が拡散されてしていることを示唆する結果になります。

このような形での情報拡散が風評被害をもたらすかという点については慎重な議論が必要です。その一方で、誰しもが風評加害者になると考えている人はアンケート回答者のうちどれくらいいるのでしょうか。「あなたも『風評加害者』になり得ると思いますか?」という質問に対する回答結果がこちらになります。

KIPプロジェクト「自然災害における『伝える役割』と『話す責任』」アンケート 回答期間:2020年7月26日~8月15日、回答数:1,051名(大学生・大学院生872名、社会人179名)

1,051件の回答のうち、75%を占める783名が、自身も風評加害者になる可能性があると考えていました。ここでの「風評加害者」とは「自分の情報発信・拡散行為によって第三者に好ましくない影響を与えうる主体」としています。「はい」と回答した783名のうち、325名は、COVID-19関連情報を取得する媒体で最も頻度が高いものとして「SNS」と回答しています。これらのことから、主にオンラインでの情報発信・拡散行為により、自身が風評の加害者側になる可能性があることを多くの人が意識していると、KIP2020プロジェクトチームとしては考察しています。

それでは、このようなオンラインでのコミュニケーションは、これまでどのように変化してきたのでしょうか。次回2月19日はこの点についてご紹介します。お見逃しなく!

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【第10弾|COVID-19関連情報を得た際の行動は風評被害とどうつながっている?】

前回の記事では、KIPアンケート2020(大学生~若手社会人約1000名を対象に、風評被害について、KIPが独自にとったアンケート)のうち、「若者が何を考え、どう行動しているのか」という視点から回答結果を紹介しました。今回は2018年にKIPが実施したアンケートを用い、オンラインコミュニケーションは今、どのような状況にあるのかをご紹介します

LINE、Twitter、FacebookなどといったSNSやコミュニケーションアプリの普及により、現代社会においてオンラインコミュニケーションが既に一般化しているのは周知の通りです。特にLINEの普及率は2017年の時点で80%近く(n=1,101,220)に上っています。[1]そんな中KIPでは、ITと若者のコミュニケーション能力との関係性に着目した2018年のプロジェクト「利便性の追求とその弊害への無自覚」において、若者のテキストメッセージを通じたコミュニケーションに関するアンケートを、大学生・大学院生を対象に行いました(回答は大学生1103件、大学院生228件)。その中で判明したこととして、若者が長い時間を携帯電話を使用しながら過ごしている一方、メールやLINEだけではうまくコミュニケーションが取れていないと感じる人が全体の75%近くであったことが挙げられます。[2]

また、54%の学生がSNS・掲示板でのコミュニケーションが対面コミュニケーションと比べて劣ると回答しました。[3][4]

これらのアンケート結果から、COVID-19の流行以前から、若者はテキストメッセージのやり取りだけでは、相互理解が難しいと感じていたことが推察されます。この原因としては、情報量の差があると思われます。テキストメッセージではテキストを用いた言語的な情報のみが意思疎通の手段となりますが、対面で相手が目の前にいるときに得られる表情やジェスチャーといった非言語情報を得にくいというためです。

KIP2020プロジェクトアンケートでは、2020年4月よりの緊急事態宣言下において、友人、知人とのコミュニケーション量が減少したと答えた人は69.5%に上りました。COVID-19の影響下でオンライン上のコミュニケーションが加速化しているという傾向も踏まえると、相互理解がより難しくなり、また信頼できる人との繋がりが失われるとの見方も出来ます。更に今後はより一層オンライン上でのコミュニケーションが加速化していき、社会全体でのコミュニケーションが対面型からオンライン型へと変容していくことが想定されます。

そのような状況下では、普段から災害に関する正しい情報共有をいかに行っていくかを考える必要があるでしょう。またオンラインコミュニケーションにおいて、互いの信頼関係をいかに構築していくかを考えることも重要だと考えられます。

以上の課題が考慮されない場合、災害時、個々人の不安を煽ってしまい、結果的に真意を充分に確かめることなく、情報収集や拡散を行わせる要因となりえます。

コミュニケーションがオンライン化する傾向を我々がコントロールするのは非常に難しいと言わざるを得ません。そうなると、普段使っているコミュニケーション手段で本当に相手の言いたいことが全て伝わっているか、自分の真意が十分伝わっているか、を吟味し続けることが、我々のできる第一歩となるのではないでしょうか。

次回は2月21日、高知県のメディア関係者へのインタビュー内容をご紹介します。お見逃しなく!

企画・編集:一般社団法人 KIP知日派国際人育成プログラム
協賛:公益財団法人 東芝国際交流財団
一般財団法人 伊藤忠兵衛基金

[1]総務省政策白書 令和元年度版 インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化総務省|令和元年版 情報通信白書|インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化 (soumu.go.jp)2020/12/12

[2]KIP2018アンケートより 一時間に一回以上携帯電話を確認する大学生が93.4%に上った。

[3]KIP2018アンケートより

[4]KIP2020アンケートより

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【第11弾|報道の役割から考える、報道との接し方ーメディア関係者2名へのインタビューを経て】

高知研修の中で行われたインタビューは、第一に報道とはそもそも何なのだろうか、メディアとはどのような役割を果たすのか、という素朴な疑問から始まりました。この問いに対して、インタビューを受けてくださったメディア関係者の方からは、一に批評(時に物事を批判的に報道し、議論を巻き起こすこと)、二に背景を伝える(結果だけでなく、その出来事がなぜ発生したのかまで報道すること)、三に定点観測(時間をおいて同じ対象について報道し、実情や変化を伝えること)という明快な答えが返ってきました。中でも一つ目と二つ目が、私達の取り組むテーマ「自然災害における『伝える役割』と『話す責任』」にとって重要なのは言うまでもありません。風評被害という、噂・デマといった古来からある現象と同一とは言うには、あまりに複雑な言葉を対象に、それを分析してみようとするなら、いわゆるマスメディアと呼ばれる、現代を象徴する媒介が、どのような目的で、どんな情報を発信してきたのか、そこを避けて通るわけには行かないでしょう。三つ目の定点観測についても、ともすれば「カレンダージャーナリズム」と揶揄されることはあるものの、それでも毎年、遠くで起こった、誰かにとって忘れ難い、忘れようのない出来事を報道によって思い出す機会を設けることは意味があることではないでしょうか。また、このインタビューでは、報道が持つ役割として、災害時の情報提供も話題にあげられました。これも(災害時のリスクコミュニケーションという文脈で、重要な側面と言えます。

しかしもっぱら、先ず私達が注目せねばならないのはマスメディア(報道、メディアの定義は多義に亘るので、ここでは語り手の所属組織であるマスメディアに絞りたい)がカバーする範囲の広さでしょう。ここに挙げただけでも4つあり、当然のことですが、そこに優り劣りがありわけではなく、何れも重要な役割であることは言うまでもありません。

但し、私達がマスメディアの情報を受け取る時、今手元にある情報がこれらのどの役割に合致するのかを意識することは果たしてあるのでしょうか。発信側はその情報を背景として伝えていたつもりが、受け取る側は批評として受容してしまうことはあり得ないと言い切れるのでしょうか。本来的に「書くこと」と「読むこと」、「語ること」と「聞くこと」の間には距離があります。書き手と読み手の持つ情報が、全く同じということはありません。そこにある情報の非対称性を呑み込んでいてで、私達はメディア・情報と付き合っていかなければならないでしょう。そこでは当然、マスメディアをはじめとする発信側の更なる努力が求められるでしょう。しかし同時に、マスメディアの意図を汲み取り、正しく事実を事実として、批評を批評として受け止めるためには、情報を受容する側のリテラシー向上もまた必要となります。

加えてもう一つ問題となるのは、これら、ばらばらの目的に沿って発信されるマスメディアの成果物を評価する指標が、世間からの認知度(テレビの世界では視聴率になり、ネットの世界ではアクセス数になる)という共通のものさしになってしまうことでしょう。つまり、マスメディアの価値観を形成する重要な要因の1つに数値というものが強く意識されることにつながります。それは最終的には高い付加価値をもつ商品が市場から評価されるという市場の論理に基づけば当然の帰結なのかもしれませんが、例えば批評という第一の役割を評価できるのかは疑問が残ります。もともと、世間・大勢の意見に惑わされず、多数派の人々にとって耳の痛い言葉を投げかけることを、どうして単純な数の見地から評価できるのでしょうか。しかし、そこにはこれらの営利を主たる目的とする組織であり、そうでなくても、大勢の人々の支持があってはじめて成り立つ構造を抱えていることに起因する根深い課題があることには留意せねばなりません。私たちは報道・メディアを扱う企業・団体のガバナンスに数値を意識した報道が時に生じることをよく考えなければならないのです。

その業界に携わる方から生の声を聞いて、興味深かったのはマスメディアでは一個人の記者の裁量が大きいということでした。しかし、だからこそ、事実をどのように伝えるか、何がメディアの果たす役割なのかを必死に考え、いわゆる世間の声に安易に迎合しない記者を高く評価する基準を設けることは重要でしょう。

最後に、語り手から出たトピックでSNSとマスメディアの関係性というものがありました。両者が互いに相互監視・補完する、つまりマスメディアからの一方的な報道だけでなく、マスメディアが認知しきれない事実をSNS(市民)が感知して発信し、マスメディアがそれを認知するような相互関係によって、より良い情報伝達が可能になるかもしれません。何れにせよ、語り手、聞き手の関係性は新たなステップに入り始めていることは明らかで、そのような状況の中に風評被害という事象も存在していることを強く感じます。 以上のような報道の役割と特徴を捉えたうえで、SNS時代に生きる私たちが、どう接していくのか。その接し方に、風評被害を軽減する、もしくは発生させなくする肝があるのかもしれません。

次回は、高知研修にて学習した、市民間におけるコミュニケーションを、特に防災の切り口から紹介します。お楽しみに。

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【第12弾|市民間の防災コミュニケーション】

2020年11月、KIPは高知研修を実施し、30年以内に確実に発生するとされている南海トラフ巨大地震への備えについて現地の方々にお話を伺いました。高知市庁にて中澤副市長や防災対策部の方々にお会いしたほか、また高知市防災会を取り仕切られている筒井康行氏と西村健一氏に高知市下知地区の街歩きとレクチャーを行っていただきました。研修では、海抜0メートル以下の地域が広がる高知市の平坦さや海との近さを身をもって感じると共に、市民一般に対して日頃から防災意識を持って備えてもらうことの難しさについても知ることができました。

高知市下知地区は、河川に挟まれた低地で、津波の際の避難場所となる高い建物も少ない地域です。そのため、西村さんをはじめ地域の自主防災組織が被災後の避難計画から長期的な復興計画に到るまでを地域住民とともに考え、行動されています。ただ、こうした活動に全ての住民が参加することは難しく、特に学生などの若い世代や30~40代の現役世代は防災訓練などの参加率も低いとのことでした。これらの世代では、南海トラフ地震で高知が大きな被害を受けると予想されていることは認識していながらも、休日に防災訓練などに参加するなどの行動には結びついていないと言います。また高知市の防災対策部の方々も、若者への情報発信を通じて防災意識を高めることが課題の一つであると話されていました。

言うまでもなく、津波が襲来すれば年齢や体の丈夫さに関係なく全ての人が命の危険にさらされます。また、体力のある若い世代には高齢者など避難時に助けを必要とする方々の支援も期待されます。高知県では、防災キャラクターを作成し、若い世代にも防災に興味を持ってもらおうと取り組んでいられました。

現在、高知県に限らず、災害や防災に関する情報はテレビや新聞などのマスメディアを通じた発信が一般的です。ただ、若者世代にとって最も身近なメディアであるとも言えるSNSを利用した情報発信は十分行われていないように感じました。行政や自主防災組織が、防災のためにどれだけ有効な活動をしていても、その情報が届かなければ若年層の行動を変化させるには至りません。情報発信ツールの多様化は、災害時に一人でも多くの命を守るために不可欠であると感じました。

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【第13弾|情報発信とコミュニティ〜高知県からの学び〜】

2これまでのインタビュー紹介でお話ししてきた通り、私たちはテーマ「自然災害における『伝える役割』と『話す責任』」について、文献調査や東日本大震災の被災者へのインタビューなど、過去の震災の中でどのような情報発信が行われてきたかを調べてきました。それらを踏まえ、高知県を訪問したことで将来大地震が起きると予想されている高知県での取り組みとその課題、そして人口の少ない高知県のおけるコミュニティの機能と風評被害について考えさせられました。

高知県は人口約71万人と東京などの大都市に比べて少ない一方、市民同士のつながりの強いコミュニティが発達している地域です。このコミュニティの強さが風評被害を防ぐのに良い面ももたらしているのではないかと感じました。新型コロナウイルス感染症があまり拡大していない地域では、感染者が出ると噂が瞬時に広がり、誹謗中傷につながるというマイナスな側面も見聞きします。しかし、コミュニティが強いことは、災害が起きてしまう前の情報発信の効果が大きいこと、また市民が自分や地域の人のために動いてくれる、という点で風評被害の防止・軽減に良い方向に働くのではないでしょうか。

例えば、2月26日の投稿で詳しくお伝えした、高知のメディア関係者2名のお話では、例えば南海トラフ地震に関する少し専門的な内容を発信した後、視聴者から内容が「分かりやすかった」や、「○○の部分が理解できなかった」という感想を聞くことがあるそうです。メディアであっても、情報発信者と情報受信者がコミュニケーションを取り、求めている情報とその感想を伝えることができるということです。この習慣が根付いた地域では今まで取り上げてきたような、災害時に情報取得機会が減少して風評被害が起きてしまう、ということを軽減することができるのではないでしょうか。メディアと市民ということなる立場であっても交流できるコミュニティの強さは信頼関係の構築、そして災害時に信頼できる情報がなかなか手に入らないゆえの根拠のない情報の鵜呑みを防ぐ一助になると感じました。

また、防災においても、市民が自主的に取り組み、他の市民を鼓舞しながら活動していることが印象的でした。防災組織の方と一緒に私たちが町歩きをした下知地域では、先日紹介した防災組織の西村さんが地域の方とすれ違うたびに挨拶し、ひと声かけていく姿が印象的でした。また、高知大学の防災サークルのすけっと隊では、地域の住民との関係性を強くするために交流の機会を設けている、ということも伺ったほか、同じ高知大学の川竹教授は地方創生推進士の育成として学生に地域を知ってもらうという取り組みをされていました。日頃から市民同士のつながりを強くし、防災の活動への参加を求めていくことで、もし災害が起きた時にもここで培われた信頼関係が住民のパニックを減らし、有効な情報共有の場になっていくのではないでしょうか。

さらに、コミュニティの強さで問題を解決したというで点では、須崎市において野見漁業組合と須崎市役所が協力し、新型コロナウイルス感染症で売り上げの落ちたタイとカンパチの売り上げを伸ばしたというお話もお聞きしました。新型コロナウイルス感染症の影響による外食産業の不振で養殖魚の需要が落ち込んだ際、市役所と野見漁業組合の方で地元のキャラクターを用いてタイとカンパチをブランド化させ、須崎市で生産が盛んなミョウガとともにインターネットで販売したところ、問い合わせが殺到したということも伺い、地域の方の強いつながりのおかげで厳しい状況でも支え合っていることを実感しました。

このように、研修を通して私たちの住む関東圏と高知県は人の関係の強さが全く異なっていることを痛感しました。たしかに繋がりが強いゆえに少し悪い情報も広まってしまう可能性があるかもしれません。しかし、情報を伝える人と受ける人が直接交流をできる場、そして普段から顔を知っている人同士で助け合う習慣ができていることは、根も葉もない噂を鵜呑みにし、人をいつの間にか傷つけてしまう風評被害を防ぎ、ともに戦う仲間になるのだと感じました。

SNSやオンラインでのコミュニケーションが増えてきた昨今ですが、私自身、周囲との関係を見つめ直す機会の重要性を感じました。

次回は私たちが文献調査などを通して研究してきた、風評被害のメカニズムやそれに対して私たち若者ができることについてご紹介します。是非ご覧ください!

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【第14弾|私たちができることとは?】

これまでの配信で私たちは、プロジェクトの中で行ってきたアンケート調査やインタビュー、地域研修で得た知見をお伝えしてきました。

プロジェクトの研究を通して、自然災害発生時の風評被害のメカニズムが以下のようになっていると考えました。

まず、ニュースバリューによる報道の偏り、また行政ー市民間のコミュニケーションの欠乏によって、災害時に伝えられるべき情報の不足が起こります。

2020年11月に行った高知研修では、ニュースバリューによる報道、つまり、そのニュースが一般的な視点から興味深いものであるかどうかという視点で報道せざるを得ず、特定の地域や人物に偏った報道が止むを得ず起こってしまい、伝えられるべき情報が十分に報道されないという、ジャーナリストの方の実体験を伺いました。また、2020年8月30日と2020年10月17日に行った東日本大震災に関連したインタビュー(宮城県南三陸町「平成の森」仮設住宅で自治会長を勤めた畠山扶美夫氏・現在も東日本大震災の語り部として活動する佐藤敏郎氏)からも、行政と市民の間での双方向のやり取りの場が欠けていること、災害が起こるリスクをコミュニティ内で共有できていないことが、伝えられるべき情報の不足に繋がることが分かりました。

次に、文面コミュニケーションの増加、またそれによる市民間の信頼関係不足によって、災害時に自分だけで収集や判断、解釈してしまいがちになります。

近年、オンラインコミュニケーションが普及し、文面でのコミュニケーションが増加しています。また、2018年にKIPが行ったアンケートで分かったように、文面でのやり取りでは、コミュニケーションをとりづらいと感じる人が多く、市民間の信頼関係の構築が難しくなっています。その結果、災害時に信頼できる情報源が乏しくなり、情報の収集や判断を自分のみで行ってしまいがちになると考えられます。その中で災害発生時に正確な情報が不足すると、正確な情報を収集するのに時間がかかり、十分な情報を得られないのではないか、それにより自身に被害が及ぶのではないかという不安心理が発生します。実際、2020年にKIPが行ったアンケートから、緊急事態宣言後、COVID-19関連の情報収集時間が増加した人は、それ以外の人に比べてそのような不安を感じたことが分かっています。

そして、その不安心理を解消しようとするために、都合よく情報を解釈してしまう可能性があります。そのように自己解釈された情報がSNSを通じて容易に拡散されることが、風評被害を発生させていると言えそうです。また、このことは、風評被害の継続にも寄与しています。2020年にKIPが行った福島県や東日本大震災に関するアンケート調査や現在も東日本大震災の語り部として活動する佐藤敏郎氏へ行ったインタビューから正しい事実が伝わっていないことによる風評被害の長期化が起きていることが分かっています。

ニュースバリューによる報道の偏り、行政ー市民間のコミュニケーションの不足、文面コミュニケーションやSNS利用の増加、市民間の信頼関係不足といったことは、災害が発生していなくても存在する問題です。故に、風評被害発生過程に、誰もが関わってしまうのであり、それゆえ誰もが風評加害者となりうる、同時にこの社会に生きる限り、被害者にもなりうると言えます。

以上のように、風評被害が発生し、継続していることから、平時からの信頼関係構築が重要であると考えられます。私たちは、インタビューや地域研修で、災害を当事者として捉えることや、世代間交流、コミュニティ間交流が大切であり、それが普段からの信頼関係構築に繋がっていることを伺いました。コミュニケーションが対面型からオンライン型へと変容している[※1]、また、2020年にKIPが行ったアンケートで7割もの方々が緊急事態宣言発令五、友人・知人とのコミュニケーション量が減少したと回答したように、COVID-19下において、周囲の人とのコミュニケーション量が減少している人が多いということが分かりました。こういった状況でさらに信頼関係の構築が難しくなっていると予想されます。畠山氏のインタビューで伺ったように、その中で、情報発信者である若者だからこそ、SNSやインターネットを活用した情報発信、若者ならではの視点を活かした行動が期待されています。

また、風評被害を食い止めるために事実、現実を知ってほしい、風評被害者のことを想っているという温かいメッセージが励みになるという声も伺いました。

私たちができること、意識すべきことは、風評被害者の方々のことを想うこと、周囲との信頼関係は実際のところ希薄になっているのではないかと考えること、そしてSNS時代における情報との向き合い方・人との繋がり方を問い直すということではないでしょうか

[※1]野村総合研究所.新型コロナウイルス感染拡大で生活におけるデジタル活用が急進展~「デジタル包摂」が急務.(参照2021-3-4)

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【第15弾|見えないものに想いを馳せる大切さ】

ー直接目には入らない現象や人々に対する想像力を働かせるー
これは、KIP2020プロジェクトを通して、私たち研究メンバー一同が皆さんにシェアしたいメッセージです。
私たちは、情報が溢れかえり、SNS等を通して他人と簡単に「つながる」ことが可能な社会に生きています。こうした状況下では、大量の情報を瞬時に検索して物事を把握したり、多くの人と触れ合ったりすることが容易になっているかもしれません。しかし、そうした情報の正誤判断や処理方法、およびネットを通じた人間関係の構築・強化は依然として私たちの課題となりうるところです。現に、自然災害時に誤情報の拡散から風評被害が発生してしまうこともあります。その証左と言えるでしょう。

こうした事態を防ぐために、私たちに求められている姿勢は、普段から情報・人との接し方を工夫することだと考えています。情報を無批判に受容・拡散するのではなく、出典元の確認や、必ずしも図表や文章で可視化されているとは限らない背景事情の理解をはじめ、複数のステップを設けて情報の正確性を精査していく必要があります。確かに、そのような検討過程を踏むことは、非常に手間がかかり、避けたくなることもあるかもしれません。しかし、この過程を省略することによってネガティブな影響が生じ、ともすれば自身も一被害者になりうることを考慮すれば、情報との向き合い方ももっと真摯なものになってくるのではないでしょうか。人間関係の構築に関しても、コロナ下で、対面で会う機会が減っているからこそ、まずは自分から相手に積極的に歩み寄り、密にコミュニケーションをとっていく姿勢が求められているように思います。

日常生活から、目には見えない対象に想像力を働かせること。それが、複雑化したこの世の中で、情報を適切に扱い、互いを思いやる人を増やし、社会が良い方向に向かう布石となるのではないでしょうか。

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